皆さんへのメッセージ -

2006年の夏、日本に来る前に、僕は毎日日本語の日記を書こうと決めたが、今まで、あまり書かなかった。どうしてかというと、 日本語でホームページに書くのはまだ恥ずかしいからだ。大学で習った文法を忘れるし、間違いをたくさんするし、 時間がかかるし、色々な理由でしていなかった。しかし、もし、僕は上手になりたかったら、日本語をよく使わなくてはいけないでしょう? 間違いが多くても、面白い話を書けなくても、頑張らなくてはいけない!

ジョセフ

p.s.このページに書いてある話は僕の英語のホームページと全然違う。

2006-03-26

イギリスの「飲酒文化」

今学期、日本語のコースの宿題は将来シェフィールド大学に勉強しに来る日本人のためにホームページを作ることだ。毎週、ちょっとずつ書いて、第12週までに大学生活の概要ができるはずだ。

今週はイギリスの「飲酒文化」

イギリスの大学に留学したら、もちろん、すぐ日本の大学と相違点がいくつかあるのに気がつくでしょう。その中の一つは日本の生協に当たる学生ユニオンが酒を売ることかもしれません。この状況は学生に便利かもしれませんが、(お金が少ない大学生が友達と安く遊べるし、学生がビールを飲むのを通してユニオンの他の大学生向けの施設を支えるし)、現実はユニオンの方針はイギリスの社会問題を深刻かさせています。

厚生省が発表した報告書によると、2004年に、イギリス人の三人に一人は前の週最低一回、政府が勧めた毎日のアルコール制限(男性には4ユニットで、女性には3ユニットです)を超えてしまったそうです。その中で、女性は22%で、男性は39%で記録を更新しました。

結果の細かい点を見ると、年寄りより若者の方が酒を飲みがちだと分かります。16歳から24歳までの男性の半分ぐらいが前の週最低一回政府の毎日の制限を超えているのに対して、65歳以上の男性は20%で少なかったです。女性ではこの幅はもっと大きく、16歳から24歳までの女性の39%は週に最低一回飲み過ぎで、65歳になったらこの数は34%も低下しました。

現在の数字を16年前のと比べると、急激な増加が見られます。この傾向は11歳から15歳までの青少年で特に多いと分かります。2004年の青少年は彼らの16年前のコーホートの2倍もアルコールを飲みました。どうして特に若者はアルコールをもっと飲むかと言うと、1990年代前半に醸造業者が「アルコポップ」と言う酒が入っているおいしくて飲みやすい飲み物発売したからです。もちろん、他の理由もありますが、社会について深い調査をしないと、ちゃんと分かりません。

しかし、原因が分からなくても、影響が良く見られます。政府が勧めたアルコール制限に従わないと、色々な病気になってしまいます。厚生省の報告書によると、2000年に英国とウェールズでは5,500人がアルコール関係の病気で死んでしまったそうです。その中で、一番大きい割合は肝臓の病気です。

それに加えて、毎年約3,500人の運転事故のせいで死亡した人の6人に1人は飲酒運転が原因しています。他の酒関係の数字と違って、70年代から、飲酒運転数が徐々に減りました。もっと強い罰と社会の考え方の変化のおかげで、2003年までに、飲酒運転率が70年代後半の3分の1になりました。それにもかかわらず、580人死亡した人がいるのは、まだ、多過ぎます。

その上、飲酒率が増すと、一般社会の病気が増えます。青少年がもっと早く飲み始める状態が続いたら、彼らの家族は大きい問題を持つでしょう。政治の統計によると、アルコール中毒患者にならなくても、青少年がよくたくさん飲んだら、大学でも問題が起こりそうです。それで、いい仕事を見つけ、幸せな社会のメンバーになるのは普通に飲む人より難しいそうです。

もちろん、イギリスの学生ユニオンは酒を売るからといって、大学生の皆はアルコール中毒患者になると言うわけではないのですが、毎日バーで飲むと健康にも学歴にも悪いです。現実は,イギリス人は日本人よりたくさん飲みますが、イギリスに来ても、真似しない方がいいと思います。


2006-03-18

ジャパン・デイ

今学期、日本語のコースの宿題は将来シェフィールド大学に勉強しに来る日本人のためにホームページを作ることだ。毎週、ちょっとずつ書いて、第12週までに大学生活の概要ができるはずだ。

今週は日本社会を紹介するイベント-大学生が企画したジャパン・デイだ。

イギリスに留学しに来ったら、イギリスの大学生は暇な時何をするだろうかと思うかもしれません。そう、実は、大学の学生ユニオンに通し、たくさんの楽しい活動ができます。(ユニオンと言う所は日本の大学生協に当たるが、日本より施設が多いです)

ユニオンの重要な部分は二百学生サークルです。その中の一つはジャパン・ソサエティです。メンバーが二百人ぐらいで、大体半分は日本人で半分はイギリス人や他の留学生です。国際交流サークルのほとんどのように、ジャパン・サークルの主な目的は三つあります。国を代表しているの留学生をイギリスの大学生生活に紹介してかかわってあげ、日本に興味を持っている学生を日本人と紹介し、日本に馴染みのない人に〔日本の〕文化や言葉を紹介することです。できるように、毎学期色々なイベントを企画します。例えば、毎週「タンデム・ラーニング」と言う言葉の交流をし、月に一回日本映画映写(えいしゃ)し、折り紙や寿司の作り方を教えてあげるイベントし、パブやクラブに行き、忘れられないクリスマスパーティをします。ですが、疑いに、年の一番イベントは「ジャパン・デイ」と言う日本祭りです。

集まったボランティアの日本留学生の十五人ぐらいが当日四月前に企画し始めました。ジャパン・デーのタイトルは「Breaking the Barriers」〔バリアーを破る〕と決めて、日本の伝統的文化や食べ物や現在の思想をシェフィールドに持ってきて見せるようにしました。達成するために、しなくてはいけない事がたくさんありました。私は毎週のミーティングに行って見た時に、皆がアトラクションについて話していて、傍観者として留学生の精力に心を打たれ、思いました。彼らがしようと思っているのはそれまでジャパン・ソサエティがやった事よりずっと大がかりだと。例えば、食べ物を販売すると季節に合わせたテーマのストールに加え、プロの太鼓グループを演奏しに来てように頼むことを持ち込んでいました。それまでではなく、沖縄から有名な企業家の高橋歩に話しに来てくれるように頼むもするようにしました。

当日の前の日に、日本人の留学生と他のジャパン・サークルのメンバー全員で30人ぐらいは準備でとても忙しかったです。何日間あまり寝ないで、季節や茶道や碁のストールと装飾物を作たりし、巻き寿司と散らし寿司を作たりし、「ソーラン節」と言う踊りの練習をしたりし、太鼓グループと高橋歩さんに会いに行たりし、とても大変でした!

そしていよいよジャパン・デイの当日。朝八時にとても大きい会場に入って、心配しました。思いました。このような簡素な会場に日本祭りの雰囲気作れるかなと思いました。しかし、心配しなくても良かったです。なぜなら、十二時のオープンまでに、皆が頑張ったから、準備がよくできました!ドアを開けたら、九百人が入ったので、観客が来るかどうかの心配も不必要でした。

太鼓演奏、空手実演、高橋さんのトークショー、ソーラン節、観客が受けはとてもよ良かったです。日本食も他のアトラクションも大人気で、ジャパン・デイは成功しました! 

そう、観客に日本への理解を与えられただけではなく、企画を通し、ジャパン・ソサエティのメンバーが近くなって、一生の宝を得ることができました!

今年のジャパン・デイが終わったばかりですが、もう来年のイベントについて考えています!


2006-03-05

どのような授業があるでしょうか

今学期、日本語のコースの宿題は将来シェフィールド大学に勉強しに来る日本人のためにホームページを作ることだ。毎週、ちょっとずつ書いて、第12週までに大学生活の概要ができるはずだ。

今週はどのような授業があるでしょうかだ。

シェフィールド大学に入る前は、どのような授業があるのか全然分かりませんでした。その時の心配は、歳をとって白い髪の毛がある教授ばかりに教えられることでした。その上、学校でフランス語を勉強した時には、先生の教え方はとてもつまらなかったので、私のフランス語への興味が殺されてしまいました。

しかし、大学に入ってすぐ、その心配はすぐなくなりました。私の科目の先生の中で、一人も白髪が見えなかったし、皆はとても熱心だし、45歳以下だし、大丈夫でした!

シェフィールド大学のアーツタワー 一年の秋学期は二つの科目をしなくてはいけませんが、その中でもJapanese Language 1(日本語第一)が中心になります。この科目の目標は、基本文法と漢字を250字を学ぶことです。これは日本語をしたことがない人向けのコースですが、日本語を勉強したことがあるかないかにかかわらず、学生の皆は初めから一緒に勉強します。勉強をしたことがある学生でも、冬休みまでに、入学前に勉強したことを全部授業で習ってしまいます。そんなにたくさん勉強するために、週に九時間授業を取らなくてはいけません。また、授業で習うことが良く分かるようになるために、家で三十時間ぐらい勉強しなくてはいけません。漢字を練習したり、短い作文を書いたり、短い文を翻訳したり、色々なことがあります。先生は四人で、三人は日本人で一人はイギリス人です。新しい文法や話し方は永井三幸先生に率いられている日本人に教えられていて、一人のイギリス人は日本語から英のに翻訳のし方を教えます。先生の皆はとても親切で、学生は先生の熱心さから動機を得ます。

日本語の先生 - 永井三幸先生、田中建司先生、橘髙先生 一学期のもう一つの必修科目は、「Understanding Japan」(日本を理解する)と言うのです。リック・シドル先生に教えられていて、目標は日本のステレオタイプを分析すること、週に二時間の講義とセミナーで色々なテキストやビデオを通してもっと客観的な理解を促進します。日本の驚くほどの経済的なブームにおける(何十・八十年代)マスコミや学問的な文学によると、日本人は私達の現実性を共用していないそうですので、たくさんの人が日本はとてもとても独特の国のイメージを持ちがちになりました。現在、「ロスト・イン・トランスレーション」のような映画のせいで、西洋人のほとんどはまだ日本について考えると、コントラストがたくさんあり、理解しがたい国だと思っています。「Understanding Japan」の科目が済んだら、日本はイギリスと相違点があるからと言って、それは日本を全く分からないほどだとは限らないと気が付きます。

リック・シドル先生2学期になると、必修(ひっしゅう)科目は一つしかしません。Japanese Language 2(日本語第二)で漢字をもう250字勉強し、基本的な文法も勉強を続けます。おかげで、一年が終わるまでに、簡単な新聞記事が読めるようになるだけではなく、日常(にちじょう)の日本語で日本人の友達と話せるようになります。

そして、Japanese Language 2に加えて、もう一つの科目を選ばなくてはいけません。日本と韓国の関係は歴史的にとても近くて複雑ですので、面白そうだと思って、「History of Korea」(韓国歴史)をすることにしました。それは「Understanding Japan」のように、週に二時間の従業があります。始めの一時間は講義で、後はセミナーです。実は、そのパターンは言語ではない科目に普通です。その授業はグレーソン教授に教えられて、彼は韓国について何でも知っているので、面白いですが、時々全部を覚えるのは難しいです!
グレーソン教授二年生になると、ギア・チェンジがあります。日本語の科目の授業時間は少なくなるが、他の科目は二つあるので、勉強しなくてはいけない時間も少なくなると言うわけではありません! 私の場合は、「War and Peace in East Asia」(東アジアにおける戦争と平和)と「Issues in Modern Japanese History」(近代日本における問題)を選んで、とても面白かったです。大学に入る前は歴史に興味を全然持っていませんでしたが、大学の先生のおかげで、興味が湧(わ)いて、今、歴史の知識(ちしき)は日本が良く分かるのにかかせないと思うほど興味を持っています。

近代日本における問題と戦後日本における政治のヒューゴ・ドッブサン先生 今学期は、言葉と日本文化についての科目に加えて「Postwar Japanese Politics」(戦後日本における政治)をしています。そのおかげでは、12週間の間に政治に興味を持ってるでしょうか!